信濃毎日新聞 論壇「中国黒竜江省農業を視察して」
信濃毎日新聞社「論壇」
(株)資源・食糧問題研究所代表 柴田明夫
中国黒龍江省の農業を視察して
米中西部穀倉地帯を襲った半世紀ぶりの干ばつは、9月に入ってひとまず終息した。しかし、価格は依然として高止まりしている。米農務省は、トウモロコシ減産を、中国の増産・輸入減などが補うとの見方をしている。確かに、今後の穀物価格を占う上では中国の生産動向がポイントとなる。
私は9月上旬にかけて、新潟県の「食の新潟国際賞財団」の訪中団に加わり、中国黒龍江省を訪れる機会をえた。同省の面積は日本の1.1倍。耕地面積は1180万ha、うち水田は260万haと日本の水田面積に匹敵する。省統計局によると、2011年の食糧生産高は5,570万トンで中国全体の1割強を占める。大豆、トウモロコシの生産は中国最大だ。このため、同地の生産動向が世界の穀物市場に直接影響を及ぼすことになる。
省都ハルピンからバスで一路、三江平原・龍頭橋ダムを目指した。片道約600キロの行程だ。三江平原とは、黒龍江(アムール川)、松花(ショウカ)江、ウスリー江が合流する広大な地域である。山崎豊子の著書「大地の子」の舞台にもなった。不毛の地と言われたこの大湿地帯が、中国の食糧基地に変わった背景には、新潟県亀田郷土地改良区の貢献がある。
1972年の日中国境回復を契機に、同地では1976年より日本の残留孤児・婦人帰国運動が始まる一方、中国政府は日本に農業開発協力を要請。これに応じたのが当時、湿田の乾田化技術を有する亀田郷土地改良区だ。佐野藤三郎理事長を団長とする調査団が大規模な地質調査を実施。1980年代に洪水制御や農地の排水能力向上、灌漑・発電のための多目的ダム建設がスタート。2003年に龍頭橋ダムが完成し4万ha強の湿地が優良な水田・畑に変わった。これを足掛かりに黒龍江省では次々と総合農業開発が進められた。
9月末の収穫期を前にトウモロコシ畑には、8月の台風14号の襲来で一部倒伏したものも目に付く。国営新華農場によれば生産は過去最高とのこと。事実であれば、今年の中国のトウモロコシ生産量は、米農務省の見立てどおり2億トンに達し、輸入も当初予想の700万トンが、200万トン程度に収まる可能性は高い。しかし、幾つか疑問点も浮かんできた。
一つは、生産拡大の要因が密植であることだ。通常、密植を行えば害虫が発生しやすくなる。現地の商社駐在員によれば温暖化もあり、最近は見たことのない虫が発生しているという。密植が可能な品種のためトウモロコシ1本当りの肥料・農薬、水は少なくて済むとの説明だが、単位面積当たりの使用量は増加するはずだ。しかも毎年同じ作物を作付していれば、ある年突然、連作障害により大凶作という懸念はないのか。稲作も密植により、1ヘクタール13~14トンの収穫という。
一方、消費は、飼料用、異性化糖、アルコール(焼酎)、食用油など旺盛で生産を上回る。輸入意欲は強いと言えよう。特に中国内のトウモロコシ価格がトン当たり400ドル弱に対し、シカゴは歴史的高値圏にあるとはいえ300ドル程度で、海上運賃(トン25ドル)を加えても国際価格の方が中国の国内価格よりも安い。食料インフレを懸念する中国にとって輸入の魅力は大きい。
こうしてみると、中国の農業は旺盛な需要に対し、単年度の生産量の最大化を狙いとする収奪農業のように思える。これは、長期的な生産量の最大化を狙いとする日本の持続的農業とは対照的である。亀田郷土地改良区の当初の土づくりの思いは正しく伝わっていないようにも感じられた。